PRAHA Project 大橋拓 1999.11
『極東アート コレクション # 1アートの現場主義』

(掲載:タウン誌/札幌ステージガイド-1999.12月号/校正前)

 市電に乗って、西線14条で降りて、ちょっと山の方に歩くと、PRAHAと言う場所がある。
僕はたいていそこに居て、掃除したり、また散らかしてしまったりと、はたから視ると、
じれったい生活を送っている。そんなのんきな住宅街の片隅で、月1回位は、何らかの展
覧会を展開していて、なにせ現場なので、望遠鏡から遠くを眺めている様にはいかず、
妙な刺激とか摩擦を受けてしまっている。

ちょっと前のことになってしまうけど、PRAHA Projectで東京を中心にパフォーマンス・
アーティストを3人お呼びしたことがあった。パフォーマンスには興味は有ったが、それ
の差す意味は、とても幅が広くて、「ハプニング」と呼ぶべきだったのだけれども、アー
ティストに聞いてみると「パブリック・パフォーマンス」とか「ボーダーライン」とも呼
ぶ人がいるそうで、絵画とか彫刻の様に、一言では説明しにくいらしかった。
日本人では、オノ・ヨーコ氏なんかは有名で、彼女の所属していた*「フルクサス」などは、
60年代から、今でも活発な活動を展開している。すごいなー、進化しているのだなー、と
感心してしまう。

お呼びしたアーティストの一人、高橋芙美子は、もとは建築設計をやりながら、インスタ
レーションの作品を発表していたが、ここ数年は、パフォーマンス・アーティストとして
活動していた。彼女の活動は、広い意味でのパブリック・アートを意識しての事らしく、
「現場で組み立る+人間=ハプニング」が僕の頭の中にうかんだ。当日のパフォーマンス
は、ビデオカメラで無作為に選ばれた1人の顔をモニターに映しながら、「あなたは、幸
せですか?」「どうしてそう思いますか?」と質問していく形で行われ、数人に、禅問答
の様なその追求は進められた。最後に、なぜか、その無作為に選ばれた1人は僕になって
しまって、「あなたは、何者ですか?」「あなたは、何をしている人ですか?」「子供の
時は幸せでしたか?」とすべてが曖昧な僕には、悩ましい質問ばかりで、困ってしまって、
話は子供の頃の話になっていった。彼女から変わった映像を作品用に集めている話も聞い
ていたので、恋人に子供の頃の話をしている様な口調で、この訳の分からない展開を記録
されたくないな、と考えながら、私生活を打ち明けているのであった。
彼女の切り返しも素敵で、最後に「なんだか訳がわからなくさせるのも、ある意味、才能
ですね」なんて言われて、現場は色々あります。ほんとわかりにくくてごめんなさい。
ビデオの中に納められた曖昧な僕、高橋芙美子の作品の役に立てば良いのだけれども。

*「フルクサス」
創始者は、リトアニア生まれのデザイナー・建築家のジョージ・F・マチューナス。
60年代のニューヨークだからこそ有り得た多国籍アーティスト集団。

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