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リレーレクチャー4,000万キロ
「アート・プロジェクトができるまで そして…」/報告:宮嶋宏美









 福田さんは、群馬県の渋川市という地方都市で、自身も彫刻家として「制作」し、同時にそこで「生活」している。そして展覧会を「企画」し、「発表」するという4本の柱を軸として活動を続けていらっしゃるわけですが、それは、福田さんの人生そのものではないでしょうか――
  
函館に生まれ、名古屋を経て、1982年から群馬県渋川市で長屋式アパートの和室を利用した「コンセプトスペース」を主宰。行政とタイアップした「渋川現代彫刻トリエンナーレ」を開催するなど、地方都市にいながら一流の現代美術に出会う機会を作り続けてきた福田篤夫さん。一方、札幌に生まれ89年に、詩人・吉増剛造による朗読会、大野一雄のパフォーマンスなどの複合アートイベント「界川」をプロデューサーとして実施し、同年「テンポラリースペース」を主宰、戸谷茂雄、岡部昌生らのほか、自らの目で選んだ若手作家の紹介を続けている中森敏夫さん。ともに地方都市で「スペース」を主宰し、数々のアートプロジェクトを手がけてきた二人による対談形式をとった今回のリレーレクチャーは、中森さんによる、福田さんの紹介で始まった。

 「美術」を展示してある空間という、観る側の「先入観」によって、そこにあるものはどんなものでも「美術作品」として見えてしまう「美術館」のありかたに疑問を抱き、ならばいっそ、自分が生活している長屋――美術作品も、「美術」としてとらえられないような「日常空間」――で展示を行うことで、自分の作品の、「作品としての力」を試すことができるのではないか。そう考えた福田さんは、四畳半と六畳のアパートの和室を塗り替えて、「コンセプトスペース」をスタートさせる。もちろん借家、である。
 ここで、数々の作家の個展を企画・実施してきた。地方都市ではなかなか出会う機会のない、ロジャー・アックリング、リチャード・セラなどの海外の著名な作家たちも名を連ねる。作家の選定、依頼はすべて福田さんが一人で行うわけだが、自分の尊敬する作家、海外のギャラリーに、なんべんもなんべんも手紙を、書く。みたことのない美術をみてみたい、作家に会いたい、の一念で手紙を送り続ける。そのうちにつながりができていき、人が人を呼んで、現代美術に対する理解など無いに等しい一地方都市において、一流の現代美術の展覧会を実現させてきた。

 世界の中で、「日本の現代美術」はどのように認識されているのか?私たちは、自分の国の現状を客観的に見る術を持っていない。福田さんが親交を深めている海外のギャラリストやアーティストたちの、日本人作家に対する評価はこのようなものであった。
「お前の国はいったい何をやっているの?私たちの方法をまねているものしかないではないか。」
 福田さんは、日本の美術雑誌から得る情報よりも、これらの手紙を信じ、自分の立ち位置というものを見据えようとする。
「日本の美術はダメ。海外と対等に渡り合えるようになるにはあと500年かかる。それまではすべて捨て石」
と言いながら、それでもせめて輝石であるために、地に足をつけ海外の美術をさぐることで「独自の美術」を見つけようとする福田さん。
 一方、札幌で自分の生活している土地、まちを分解して組み立てなおすこと、「川をたどること」を核として活動を続けている中森さん。自分自身の「場」にこだわり、強靭な精神力をもって探すことを続けている二人に、何かしらの共通点を垣間見ることができたように思う。










報告・撮影:宮嶋 宏美